寿司文化が世界から注目されるようになり、日本で名の通った寿司店が海外展開する事例が目立つようになってきた。特に、近年は高級店として、店舗の設えにおいても日本的な美意識を表現し付加価値を生み出す空間デザインが求められている。今年、ニューヨークに開業した「すし匠 ニューヨーク」のデザインを手掛けた乃村工藝社 FOOの根本正夫さんに、同プロジェクトの経緯と、海外でクオリティの高い寿司店を実現するためポイントを聞いた。
取材・文/BAMBOO MEDIA ポートレート撮影/青木克洋
──「すし匠 ニューヨーク」のデザインを根本さんが担当することになった経緯を教えてください。
根本:「すし匠」の大将である中澤圭二さんと最初に出会ったのは15年ほど前、私もまだ30代で、別のクライアントが寿司店を出す際に、中澤さんにプロデュースを依頼したのがきっかけでした。その時に、初めて四ツ谷の「すし匠」を訪れ、中澤さんの握る寿司をいただいたのですが、味はもちろん、宝石のような美しい寿司で、度肝を抜かれるような思いだったのを覚えています。当時、すでに中澤さんは寿司職人として有名になっていて、のれん分けをして「すし匠」も複数の店舗がありました。ただ、店づくりにおいて、私たちのような空間デザイナーと協業する機会は多くなかったようで、そこでの出会いが印象に残っていたのか、そのプロジェクトから5~6年経った頃に、「ハワイに出店する」と連絡をいただきました。
それは、「ザ・リッツ・カールトン・レジデンス・ワイキキビーチ」内での出店計画でした。中澤さんと一緒にハワイへ行き、市場を巡ったりしながら、「すし匠」の店づくりの視点を共有し、また当時はまだ珍しかったオンラインでの打ち合わせも活用して計画を進めました。出来上がった店舗は大成功をおさめ、今もとても繁盛しています。そして、それからさらに5年後にまた連絡がきて「今度はニューヨークに」と聞いて驚きました。中澤さんのなかでも、ハワイの店の成功で寿司職人としてやり切った感覚はあったはずで、そこからもう一度新しくチャレンジをしようとする姿勢に刺激を受けました。
──計画はどのように進んでいったのでしょうか。
根本:今回のお話をいただいた当初は、まだ出店は確定していませんでした。計画地は、ニューヨークの5番街で、高級ホテルである「Andaz 5th Avenue」の地下階と好立地でしたが、ホテル側との調整やその場所に「すし匠」を出店する意味も含めて検討を重ねている状態でした。建物オーナーとの協議により、結果的には、ホテル内の店舗としてではなく、テナントとして同じ建物の1階に出店をすることになりました。
この計画を中澤さんに持ちかけたのは、Andaz 5th Avenueが入るビルを所有している竹中工務店です。同社が様々な条件をクリアすることに尽力するなかで、Andazとのつながりを感じさせる場所に出店できたのは、空間をデザインする上でも大きなメリットになりました。当初は、地下階での出店予定が、Andazエントランスと並んで1階に変更されたことで、空間の天井が高くなり、全面道路からの動線もより良い環境になっています。また、Andazの入り口との緩やかなつながりを感じるファサードとしながら、入り口は別になっているため、「すし匠」としての世界観をつくり込むことに注力できたと感じます。
──デザインのポイントを教えてください。
根本:空間をデザインする上でポイントになったのは、本格的な寿司店としての設えと、ニューヨークの飲食店舗としてのつくりをいかに調和させていくかという点でした。店舗の区画は230㎡あり、海外に出店している日本の本格的な寿司店としては、とても広い床面積を有しています。近隣には、他にも日本の寿司職人が出している店舗がありましたが、ほとんどが少ない客席に対して一人の職人が料理を提供していくプライベート感のあるつくりです。一方で、「すし匠」は高級店ではあるものの、江戸前寿司としての活気を感じるような店構えやサービスが特徴で、肩ひじを張らない雰囲気、おおらかな空間をカタチにしていくために、広々とした区画はとてもマッチしていました。
デザインの大きな特徴としては、「ゾーニング」「カウンター席のつくり」「仕上げや意匠」が挙げられます。ゾーニングでは、メインのカウンター席エリアの他に、ウェイティングバーとプライベート感のあるVIPエリアが設けられています。寿司店にウェイティングバーがあるのは珍しいですが、ニューヨークは冬がとても寒いので、店内に待合を設けることは重要です。また、この場所は、寿司を食す前後にお酒を楽しむだけでなく、寿司の予約が取れない場合でも利用でき、お客様に「すし匠」に親しんでもらうための場にもなっています。一方で、VIPエリアは、寿司カウンターとしてだけでなく、日本のお茶文化を体験するための場所にもなっていて、カウンターに隣接したお茶を淹れる場所や、茶器を飾るディスプレイスペースを設けているのも特徴です。
メインのカウンター席のエリアには、中央に扇形のカウンターを設けました。通常、区画に対して客席を効率良く配置するには、L字形やコの字形が向いています。しかし、ここではあえて扇形にして、複数の寿司職人がカウンターに立ち、それぞれのお客様に腕をふるう姿やコミュニケーションする風景を、臨場感を持って感じることができるようにしています。寿司職人とお客様が対面して、良い意味で緊張感のある寿司店も魅力的ですが、ここは「すし匠」がこれまでも続けてきた、活気のある店づくりを象徴するカウンターになっています。
そして、これらの空間を形づくる仕上げや意匠も、「すし匠 ニューヨーク」らしさを感じさせる重要な要素になっています。例えば、江戸前寿司の考案者とされる「華屋与兵衛」の木彫は彫刻師の宮本裕太さんに、カウンターバックの木工をはじめとする造作は板井工務店にお願いするなど、日本のプロフェッショナルに協力いただいたことで、細かい部分までこだわることができました。この他、銅板や漆、石といった空間の印象を左右するマテリアルも日本で制作したものを運び込んでいます。施工に関しては、現地の職人に仕上げてもらう必要があり、一部、寿司カウンターなど特殊な組み立てや仕上げが必要な部分は、日本の職人が入ってレクチャーしてもらいました。
さらに、建物オーナーが竹中工務店であったことに加え、日系企業のアメリカ進出の事例を多く手掛けている建築会社のYT designが協業してくれたのも大きかったと感じます。特に、寿司店のように特殊な設えが求められる店づくりは、こちらの意図をしっかり汲み取って形にしてくれるローカルアーキテクトの存在が重要です。
特に日本料理の店は、内装の仕上げや用いている素材が、海外のレストランと比べて特殊なものが多く、その施工やディテールをしっかり表現するための準備が大切だと改めて感じました。例えば、ニューヨークは日本よりも湿度が低いので、ヒノキのカウンターを始め、職人が使うまな板など、木材の乾燥による割れやズレといったリスクが生まれる可能性があります。そういった現地でしか分からないような施工の難しさを受け止めながら、可能な限りクオリティの高い空間づくりを目指していく必要があります。
また、素材の輸送や現地での施工におけるコストも課題の一つです。今回は、日本トップレベルの寿司職人がニューヨークに出す店であり、中澤さんも「世界一の寿司店をつくるために妥協はしない」という姿勢だったので、その思いを一緒に背負ってデザインしていきました。日本文化を代表する寿司に出会う場所として、「すし匠」らしさを存分に発揮できるよう、空間デザインの力でその後押しができれば嬉しいです。
(敬称略)
根本正夫/乃村工藝社
乃村工藝社A.N.Dクリエイティブディレクター。デザインユニットFOOメンバー。主な受賞歴/2017 AIA Honolulu優秀賞「The Ritz Carlton, Waikiki すし匠」、2014 JCD BEST100・DSA入選「The Prince Sakura Tower Tokyo」、NDF奨励賞・JCD BEST100・DSA入選「COREDO 室町 3」。2010 ディスプレイデザイン賞入選「グランディエール」、ディスプレイデザイン賞入選「ハマボールSPA EAS」。2009 Best store of the year 第18回優秀賞「匠 達広」。2008 ディスプレイデザイン賞入選「Cancale 名古屋JRCB」、JCD BEST100「八重洲住友ビルB1商業」。その他、「THE OSAKA STATION HOTEL」「東京会館」など話題の物件を手掛ける。
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