ポロト湖を擁する白老は、アイヌ民族の集落があった地域だ。対岸にはアイヌ民族博物館の野外展示の一つであるコタン(集落)が広がり、樽前山が遠望できる。この景観を活かしながら、アイヌ文化を反映した温泉旅館の姿を求めた。
アイヌ民族は冬に凍ることのないメㇺ(湧水)を生活用水として大切にしてきた。ポロト湖はわずか数キロメートル先のメㇺが源流であり、本敷地駐車場側にもメㇺがあった。そこでこれに川筋を引きつつ湖を敷地内に引き込み、ポロト湖流域の縮景としてのランドスケープを整備した。駐車場側からのアプローチは、かつてアイヌ民族がメㇺのある場所から川沿いを下って湖に出た経路を模している。川を跨いで架けた客室棟の河口側は親水エリアとして、 カヌーの船着場や不凍の水面を眺める囲炉裏のサンクンラウンジとした。客室もチセ(家)の囲炉裏で語り合うアイヌ民族の家族観を継承し、囲炉裏型の間接照明を仕込んだローテーブルを囲むプランとしている。 水際は護岸擁壁を設けずに自然な岸辺を有機的に形成し、湖畔には△湯と呼ぶ湯小屋を設けた。
湯小屋は、アイヌ民族が熊追いや鮭待ちの時に山中でビバークするためのクチャ(仮小屋)をモチーフとして、美しい自然を壊さずにそっと居させてもらうような佇まいとした。クチャの構造は「ケトゥンニ」と呼ばれ、三本の丸太を立てかけ合わせて側面で繋ぐ。丸太先端が三本突き出た逆三角錐状の頂部が特徴で、焚火の煙抜きや明りとりになっている。この特性を利用することで、 窓の少ない温泉施設が、穏やかで均一な自然光のシャワーと上昇気流による湿暖気の自然換気を可能とする、エコロジカルな建築となった。頂部から煙を吐く三角錐状の仮小屋が並ぶ姿は、客室から見て湖の水平線を覆うことのない、借景の一部である。
温泉はモール泉と呼ばれる植物由来の有機物を含んだ黒いお湯である。○湯と呼ばれる第二の大浴場はビューが取れなかったため、地底から湯が湧き出る洞窟的な空間とした。天窓はガラスが入っていないため、暖気を自然排気しながらも、雨や雪が時おり室内に舞い降りる空間となっている。
更地だった開発地は、白樺を中心として地域の植生に基づき植林した。白樺は荒廃した大地で真っ先に発芽して根付き、他の植物を保護しながら森を回復するマザーツリーである。そこで外装や館内にも白樺間伐材の森林を設け、この開発地だけでなく、アイヌ文化を守り育 てる存在としてのメッセージを込めた。 アイヌ民族がかつて森や川と深い関係を持っていたことを想い、その関係回復を願うリゾートである。(中村拓志/中村拓志&NAP建築設計事務所)
「界 ポロト」
所在地:北海道白老郡白老町若草町1-1018-94
オープン:2022年1月14日
建築設計:中村拓志&NAP建築設計事務所 中村拓志 青戸貞治 志藤拓巳 鈴木栄三郎 谷口幸平(元所員) 石橋泰介(元所員)
構造:山田憲明構造設計事務所 山田憲明 石川敬一 前田建設工業 浦 英二
施工:前田建設工業 吉田喜史 髙橋裕茂
設備:星野リゾート 松沢隆志 西澤 瞳 ハルス建築環境設計 嘉陽恵美子 大城 立
敷地面積:9339.04㎡
建築面積:2021.37㎡
床面積:4951.48㎡/客室棟・1階1605.70㎡(うち厨房157.16㎡) 2階1185.77㎡ 3、4階各930.75㎡ △湯298.51㎡
客室数:42室(うち露天風呂付き15室)
Photo:藤井浩司(TOREAL)
【内外装仕様データ】
屋根:客室棟/コンクリート下地改質アスファルト防水断熱工法 △湯/木下地銅板一文字葺き
外装:客室棟/コンクリート下地防水形外装薄塗材E カラ松耳付き製材 雁行重ね貼り OSUC 鋼製建具+短冊ガラス 樹脂アルミ複合断熱サッシ(LIXIL) アルミ製折れ戸(TOKO) 配管・白樺特注柄アルミパイプルーバー(スリーエムジャパン) △湯/銅板一文字葺き
床:客室棟/エントランスホール・コンクリート下地フローリングt14貼り(望造) 豆砂利洗い出し(冠昀企業股份) □の間特別室・コンクリート+合板下地フローリングt14貼り(望造) 磁器質タイル600角貼り(マリスト) 栗材デッキ板貼り 〇湯・コンクリート下地磁器質タイル300角貼り(アドヴァン) 磁器質タイル50角貼り(名古屋モザイク工業) △湯/エントランス、湯上がり処・木下地オーク材フローリングt19(望造)貼りOSUC 浴室・コンクリート下地山西黒JB
壁:客室棟/エントランスホール・PB下地白樺丸太型枠、杉板型枠打ち放しコンクリート仕上げ 装飾仕上げ塗材塗装(特注ベルアート/エスケー化研) 羽目板貼りOSUC(キャピタルペイント) □の間特別室/コンクリート+PB下地装飾仕上げ塗材塗装(特注ジョリパット/アイカ工業) 特注デジタルプリント織物クロス貼り(Kyoto Izumi) 〇湯/コンクリート+PB下地磁器質タイル50角貼り(名古屋モザイク工業)CL(エスケー化研) △湯/エントランス、湯上がり処・コンクリート+PB下地カラ松羽目板t12貼り 浴室・コンクリート下地御影石貼り
天井:客室棟/エントランスホール・PB下地EP □の間特別室・コンクリート+PB下地EP 〇湯/コンクリートCL(エスケー化研) △湯/エントランス、湯上がり処・木下地カラ松羽目板t12貼り 浴室・木下地カラ松羽目板t12貼りOS(キャピタルペイント)
家具・什器:エントランスホール/特注ベンチ(家具工房ニングル) トラベルライブラリー/特注ラウンジチェア(天童木工) 食事処・特注チェア(タイムアンドスタイル) 客室・特注チェア(タイムアンドスタイル) 特注囲炉裏テーブル(アスプルンド) △湯/湯上がり処・特注ソファ、特注サイドテーブル(インターオフィス)
照明器具:アプローチ、桟橋/特注行灯照明 △湯/湯上がり処・特注フロアライト(大光電機)
中村拓志/中村拓志&NAP建築設計事務所
1974年東京生まれ。鎌倉と金沢で少年時代を過ごす。1999年明治大学大学院で建築学修士を修めた後、隈研吾建築都市設計事務所を経て2002年NAP建築設計事務所設立。自然現象や人々のふるまい、心の動きに寄りそう「微視的設計」による、「建築・自然・身体」の有機的関係の構築を信条としている。そしてそれらが地域の歴史や文化、産業、素材等に基づいた「そこにしかない建築」と協奏することを目指している。
プロフィール写真撮影:KEI Tanaka