日比谷の街と劇場文化を表現したホテル
プロジェクトの計画地である東京・日比谷。その昔、東京の中心街には社交場や大衆向けの娯楽施設などが少なかったこともあり、明治時代に入ると有楽座や帝国劇場などの西洋式劇場が日比谷エリアに誕生した。昭和には、東京宝塚劇場や日生劇場など数多くの劇場・映画館が開館し、日比谷一帯は東洋一の“演劇・映画の街”とも呼ばれるまで進化を遂げ、今現在でもエンターテイメントの地として広く愛され続けている。
そのような好奇心溢れる街に誕生する「MERCURE TOKYO HIBIYA」は、この場所に根付いた地域性に着目し、アイコニックな舞台美術(ステージアート)や演者の煌びやかな衣装、撮影機材などからインスピレーションを受け、日比谷ならではの文化と個性に満ちたインテリアデザインを行う計画とした。またエリアそれぞれに異なるテーマを設ける事で、ゲストが時に主人公、時に観客となり、このホテルで過ごす事で一つの物語が紡がれるような、魅力的な体験が出来る環境作りを目指している。
ホテルの顔となるロビー空間では、ステージの“緞帳”をイメージしたプリーツスクリーンを用いてダイナミックにインスタレーションを行い、これから始まる劇の幕が上がるような熱気と高揚感に包まれたシーンをイメージした。また、当時建設された日比谷の劇場には、美しいアール・デコ様式の内装や装飾が多く用いられた事から、共用部の各ディテールにもアール・デコの造形美を一部ギミックとして取り入れる事で、コンセプトとの相乗効果を図っている。
宿泊ゲスト専用の「M LOUNGE」では、ゆったりしたソファセットやコワーキングテーブル、ライブラリーなど、仕事や食事、趣味など、ゲストが用途に合わせて好きな場所を選んで過ごせるレイアウト配置を行い、デザインにおいては“シネマ”をテーマにアートや書籍、グラフィックなどでギャラリーの要素を加え、個性的で充実したラウンジ空間を創造した。
フランス料理をベースとしたメインダイニング「La Scene」は、緑に囲まれた野外ステージ“日比谷公園大音楽堂”の近隣に位置する事から、“野外劇”をテーマとし、中央のバーカウンターをステージに見立てて周囲にはそれらを囲う照明計画、吹き抜け上部からは舞台美術をテーマにしたアートワークが存在感を放ち、開放的で活気のある食空間となった。
ゲストルームのデザインは、室内のカーペットや家具、アートワークなどに対し、劇団員の華やかな舞台衣装やアクセサリーから着想を得た色彩、フォルム、パターンをコラージュさせ、感性豊かなゲストの欲求に応えたユニークな空間を作り上げた。また、構造上残ってしまう窓際の大きな腰壁については、ゆったり寝転べるベンチシートとしてポジティブに活用している。(藤本泰士/DESIGN STUDIO CROW)
「MERCURE HOTEL TOKYO HIBIYA」
所在地:東京都千代田区内幸町1-5-2
オープン:2023年12月19日
設計:DESIGN STUDIO CROW 藤本泰士 久保田 諒 井上陽登
床面積:5542㎡(共用部842㎡、客室階4700㎡)
客室数:176室
Photo:ナカサ&パートナーズ
【内外装仕様データ】
床:磁器質タイル貼り(アドヴァン) フローリング貼り(オーク特注色/ボード) 特注カーペット敷き(スミノエ) ロールカーペット(オーシマプロス)
壁:モルタル風塗装(ZYCC) 鏡面アルミパネル(長田通商) 磁器質タイル貼り(アドヴァン) ビニルクロス貼り(サンゲツ、マナトレーディング) 輸入クロス貼り(テシード、トミタ)
天井:モルタル風塗装(ZYCC) 木製パネル+装飾枠(ウレタン塗装/ZYCC) ビニルクロス貼り(サンゲツ) アルミ樹脂複合板ミラー(アルポリック ニューブライト/三菱ケミカル)
その他:家具、什器/人造大理石(アップワード) カラーガラス オーク無垢材染色 スチール真鍮色 指定色ウレタン塗装(特注色) 吹抜け部シーリングアート製作(STUDIO SAWADA DESIGN) 特注グラフィックシート(サンゲツ) 植栽計画(EN LANDSCAPE DESIGN)
藤本泰士/DESIGN STUDIO CROW
1983年、愛知県生まれ。10代から三重県に移り工務店に就職。現場作業員として様々な経験を積む。その後、名古屋のデザイン学校を卒業後、上京して2005年から株式会社スーパーポテトに勤務。2009年からハーシュ・ベドナー アソシエイツ(HBA) 東京オフィスに勤務。その他2社のデザイン事務所勤務を経て、2013年にDESIGN STUDIO CROW設立。現在は全国各地のホテルプロジェクトや高級業態の飲食店など、多くの商業空間を中心に手掛けている。