福岡の中心地にあるラグジュアリーホテル「ザ・リッツ・カールトン福岡」。その中の和食レストランとバーの空間設計を、国内外で活躍するデザイナーストリックランド・赤尾洋平氏が担当した。同氏にこのプロジェクトに携わった経緯とデザインプロセス、そして世界的なホテルブランドが日本人デザイナーに求めているものについて語ってもらった。
取材・文/BAMBOO MEDIA ポートレート撮影/千葉正人
──今回のプロジェクトに関わったきっかけを教えてください。
赤尾:このプロジェクトでは、ホテルの総合企画を手掛けていた積水ハウスから、料飲施設の指名コンペで声を掛けていただき、コンペ提案を経て、和食レストラン「幻珠 Genjyu」とルーフトップバー「Bay」をデザインすることになりました。
私たちは、ホテルや商業空間を設計する時に、ホテルのブランドとその土地が持つ価値を大切にしながら、その場所でしかできないデザインを形にしていくことを常に心掛けています。設計においては、手を動かす前に、土地の特性やそこに根付く文化を知るところからスタートします。今回も、福岡の文化や伝統的な工芸などについて調べながら、デザインを進めました。私たちチームの一人が福岡出身だったこともあり、彼を中心として、焼き物の窯元や木工、竹細工など、さまざまな工房を巡って、このザ・リッツ・カールトンにふさわしいデザインとは何かを探っていきました。
──二つの料飲施設のデザインについてお聞かせください。
赤尾:ホテル24階にあるバー「Bay」は、屋上からの福岡の街並みと、玄界灘を望むロケーションが魅力的な空間です。福岡という日本の中でも早い時期から外国に向けて開かれていた歴史ある港湾都市の雰囲気や、韓国や中国、その先のアジアや中東といった海外への交易の窓口としてさまざまな文化が交差してきた時にも思いを馳せながら、そのストーリーを表現するためのエレメントを探し出していきました。
例えば、その港町を行き交うボイジャー(航海者)の情熱やエネルギーのようなものを表現する上で、造船所やその部品を作っている工場にもヒアリングに行きました。そこで出会った船のパーツから着想を得て、バーに足を踏み入れた瞬間に迎える鉄の造作が生まれました。武骨でダイナミックな素材を、ザ・リッツ・カールトンらしいラグジュアリーな空間に合わせて、モダンで洗練されたイメージで仕上げ、そこを起点に空間全体のデザインが出来上がっていきました。
また、このバーは、ロビーを経由せずにエレベーターで直接たどり着くことができるので、目の前に広がる眺望と感動を最大化できるよう、ホテルのパブリックスペースのデザインとは異なるイメージでデザインしています。
一方、「幻珠 Genjyu」は、ロビーエリアに隣接し、空間の雰囲気が緩やかにつながる場所にあります。パブリックスペースは、料飲施設と並行して計画が進んでいたので、それぞれの空間のデザインについて情報を共有しながら、お客様の空間体験がシームレスにつながり、変化していくよう意識してデザインをしました。
今回、客室やパブリックスペースの設計を手掛けたLAYAN Architects + Designersとは、これまで「ザ・リッツ・カールトン日光」などでも一緒に仕事をしていたので、彼らの設計思想についても理解をした上で、スムーズにデザインの提案ができたと思います。
内装は、提供される日本料理にマッチするような素材、焼き物や織物といった伝統工芸を用いて、それらをリッツ・カールトンらしい、現代的な視点で表現しました。例えば、高取焼や小石原焼などの窯元に協力してもらい、特注の焼き物を制作して、壁面の意匠などに取り入れています。
──デザインをする上で大切にしていることを教えてください。
赤尾:最初から紙の上で考えるのではなく、クライアントや現地の人々の声を聞き、その土地のことを知ることからデザインが生まれていくと考えていて、「デザインはコミュニケーションそのもの」であるという視点を常に持ち続けています。
かつてデザイナーが社会において希少価値のある存在だった時代は、そのデザイナーの表現したいことをそのまま形にしていくことが稀にあったのかもしれません。。もちろん、そういったデザイナーの感性やプライドは大事にしなければいけません。しかし、時代の変化と共に、ビジネスの中でデザインの視点が当然のように求められるようになると、そのビジネスに関わる人々の思いをしっかり汲み取った表現が必要になる。施主、ホテルやオペレーターの思い、一緒に空間をつくるパートナー、出来上がった場所で働く人のこと、そして訪れるお客様の体験など、見た目や色、トレンドといったものだけではないアプローチが、価値のある空間を生み出すと考えています。
今回のプロジェクトでは、出会った人々の熱意や人柄の温かさを感じる機会が多く、ホテルが完成した後に、スタッフと現地に泊りに行き、協力いただいた窯元を改めて巡ったりもしました。デザインの仕事をさせていただくこともありがたいですが、自分たちがデザインした空間がきっかけとなって、人々との新しいつながりが生まれていくことも、デザイナーの醍醐味の一つだと改めて感じました。
──ザ・リッツ・カールトンのような海外の大手ホテルブランドが、ストリックランドに期待しているのはどのような点だとお考えですか。
赤尾:日本人デザイナーであるため、日本的な視点を求められている部分もあると思いますが、それは単に和の表現や素材を使うといったことではないと思います。先述のLAYAN Architects + Designersとやりとりをしていると、素材への向き合い方、空間に対する考え方がとても日本的だと感じることがありました。それは、日本的な感性と同時にインターナショナルな視点を持ち合わせた人材が、ホテルオペレーターの心を捉えているということなのではないかと感じます。
私たちも、和や日本的要素だけを追い求めているわけではなく、デザインする空間において、オンリーワンの表現を求める中で、その土地にまつわる要素を取り入れた結果、日本的に見えることがあるということであり、日本以外の土地でデザインをする時は、また違ったテイストの空間になっていきます。
今回のプロジェクトでは、日本を表現する視点ではなく、ザ・リッツ・カールトンのラグジュアリーで洗練された空間に向けて、ただ美しいだけではない価値を提供することを目指しました。例えば、祭りや屋台、海外の市場を訪れた時に感じるような、楽しさや場所の魅力が何かを考えると、美しさという言葉では表現できないものがあると思います。それは食べ物であったり、そこにいる人たちとの会話だったり、空気や匂い、目に見えない感覚を刺激するものかもしれない。こうした空間体験の魅力は、トレンドといった言葉で左右される表面的な色や形とは違い、100年後も変わらず、根源的に人を喜ばせ楽しくさせる要素であるように思います。ホテルも、この長い時間の視点が大切にされている業態であり、現代的なデザインの考え方と共に、普遍的な価値、タイムレスな価値というものも表現していくべき場所です。
その表現の一つとして、「幻珠 Genjyu」では、高取焼の窯を訪れた際に見つけた、陶器の焼き場に置かれていた台を譲り受けて、アートワークとして設置しました。それは、人によっては使い途のないような代物です。しかし、「これは何?」という興味に対して、「高取焼の窯元で、たくさんの陶器をつくる過程でさまざまな釉薬がかかり、そこでの時間が生み出したものです」とその物が持つストーリーを伝えることができれば、その空間においては時に高額な絵画よりも価値があるものになると思っています。
素材そのものが持つ力強さや経過した時間に魅力を見い出すという視点は、かつて所属していたスーパーポテトで培われたものでもあります。師匠であった杉本貴志さんたちのようなビッグデザイナーたちの時代とは、社会や空間デザインの在り方も大きく変化していますが、新しいデザインに向かっていく姿勢は、いつの時代もデザイナーに求められていることです。これからも、一つ一つの場所や空間に向き合いながら、本質的に人の心を揺さぶるようなデザインにチャレンジし、感動を生み出していきたいと考えています。
(敬称略)
赤尾洋平/STRICKLAND
1973年生まれ。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業後、空環計画研究所に勤務。2001年にスーパーポテトに入社し、チーフデザイナーとして勤める。2011年に独立、STRICKLANDを設立。日本国内のみならずアジア、オセアニア地域の国際的ラグジュアリーホテルのインテリアデザインを数多く手掛けている。手掛けたデザインは国際的にも評価され、LUXlife Magazine主催のLeading Designers Awardsにおいて世界の優れたイノベィティブデザイナーに与えられるAward for Excellence in Innovation, A’ Design AwardやInternational Property Awardsなど多数受賞。
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