コロナ禍を経て、さまざま業態で空間づくりの在り方が見つめなおされるなか、特に大きな変化と多様なデザインが生まれているホテル業界。2024年9月に開業した「三井ガーデンホテル銀座築地」では、同ホテルブランドにおいて新しい時代へ向けた価値を創出していくために、外部の知見を取り入れた施設開発が試みられている。このプロジェクトで、企画やデザインの舵取りに携わった藤本信行さん(VACANCES Inc.)と、デザインを具現化していった座間望さん(ZA DESIGN Inc.)に話を伺い、チームの方向性を明確にするためのデザインを言葉にする力、そして、それを実現するためのイメージをカタチにしていくプロセスを探る。
取材/BAMBOO MEDIA ポートレート撮影/森田大貴
──お二人が今回の計画に携わった経緯について教えてください。
藤本:「三井ガーデンホテル銀座築地」の事業主である三井不動産が、コロナ禍による社会やユーザーの変化に対して、同ホテルを始めとするホテルブランドの方向性や企画を見直していくなかで、当初は私がその企画提案を行う役割として関わり始めました。
私が参画した2020年当時は、立地だけが決まっていて、ホテルブランド自体もまだ検討段階でした。そして、社会情勢も踏まえ、インバウンド需要に重きを置くのではなく、新しい三井ガーデンホテルの在り方を模索しながら、計画を進めていくことになります。三井ガーデンホテルは、その名の通り、庭のある邸宅のようなくつろぎのあるデザインが特徴の一つです。長期滞在を見据えたホテルでの体験、客室の居住性をより価値のあるものとするために、力のあるデザイナーに加わってもらいたいと考えるなかで、最初に座間さんが思い浮かび、声を掛けさせてもらいました。
座間:藤本さんとは以前、富士マリオットホテル山中湖(2016年開業)で協働させていただいたことがあり、その後何度か声を掛けてもらっていたのですが、今回ようやくカタチになったという経緯があります。
藤本:私は普段、ホテルなどの企画だけでなく設計まで手掛けていますが、今回は宿泊者の細かなニーズに応える宿泊体験をデザインしていく上で、自分とは異なる視点でのアイデアや、クオリティの高いディテールを追求できるパートナーが必要だと感じていました。
ホテルは、共用部や料飲施設などを部分的にデザインするだけであれば、さまざまな分野の設計者が参入しやすい業態です。一方で、ホテル全体を通した体験を一貫してデザインするには、商業施設だけでなく、ホスピタリティが求められる空間や住宅などについての幅広い知見が求められます。その点で、故・橋本夕紀夫さんの元で鍛えられ、独立後にもさまざまな業態のデザインを手掛けていた座間さんに協力を仰ぎました。
──どのようなやり取りをしながら、デザインを構築していったのでしょうか。
座間:最初に話をいただいた時はコロナ禍で、ホテルだけでなく商業や住空間などさまざまな場の在り方が見直されている世の中の流れがありました。それは、人の距離感であったり、人と自然の関係であったりとさまざまです。特に、自然や環境というキーワードは、三井ガーデンホテルのテーマにも深く関係するポイントになりました。
既存の三井ガーデンホテルに宿泊してリサーチをするなかで、ホテル内での体験、世界観を重視している一方、その土地ごとの環境を活かしたデザインを生み出していくことが、同ブランドの新しい魅力につながると感じました。
藤本さんがホテル全体の方向性を掲げ、そこに対して2人でイメージを出し合いながらデザインを具現化していくという、小さなデザインチームのような形でデザインを落とし込んでいきました。お互いが提案し補足しあい最終形を生み出すという珍しい進め方で、私自身、とても刺激のあるデザイン作業となりました。
藤本:今回、施主の三井不動産ホテルマネジメントでは、企画の担当者に若手の人材を据えていて、ブランドに新しい力を加えていこうという姿勢を感じました。私は施主とのコミュニケーションにおいて、直接やり取りをする担当者を通して、その部署や会社全体に「なぜそのデザインが必要か」ということを広げてもらえるような伝え方を大事にしています。そのため、通常の建築家やデザイナーとは違った言葉でプレゼンをしているのが一つの特徴かもしれません。今回で言えば、ホテルのある築地が昔は海で、水に近しい場所であった歴史があること。また、かつてこの地にあった日本最初の本格的なホテルで、インバウンドホテルのさきがけのような存在だった「築地ホテル館」の話などを交え、デザインの専門的な言葉ではなく、関係者が共有しやすいテーマをもとにしてコミュニケーションを図っていきました。それらの案を具体化し、より魅力的なイメージとして共有する上で、共同作業で進めたことにより奥行きのあるデザインが生まれたと思います。計画当初は、共用部を中心としたデザイン提案を求められていましたが、座間さんのデザインした客室のイメージが施主に響いて、客室にもこだわって提案していくことになりました。
──空間デザインのポイントについて教えてください。
座間:ホテル全体のデザインでは、海のイメージをもとに“sea based”をテーマにした色合いや素材が特徴となっています。単純に青い海ということではなく、時を経て海の中で丸くなっていく石や、サンゴや貝殻を感じさせるコーラルピンク、赤みがかったグレーなど、海をことさら主張することなく、しかし触感や色味などによって海を感じさせるような要素を取り込んでいます。これらの自然を想起させる表現は、これまでのシティホテルではあまりなかったデザインだと思います。
藤本:座間さんとは、「素」や「生成り」といったキーワードを用いて、「まっさらなデザイン」にしていこうという視点を共有していきました。最近のホテルでポイントとなるアートについても多くは取り入れていません。このホテルが、長期滞在を含めて居住性に重きを置いた空間であることを踏まえると、たくさんのアートや意匠で彩られた空間ではなく、心を落ち着けて過ごせるデザインが重要だと考えました。また、築地において、築地市場がなくなり、新しい街の姿へと進化していく始まりのイメージに、この「まっさらなデザイン」がリンクすると考えました。
座間:客室では、素材や色をテーマにしたインテリアと共に、限られたスペースを活かした造作家具も特徴です。例えば、必要な時だけ取り出せる壁面と一体化した「可変テーブル」は、通常のホテルでは安全性や耐久性、メンテナンスの手間などを考えると避けられがちですが、ここでは客室での過ごしやすさの視点から採用されています。
施主とデザインの意味や必要性を共有していくなかで、藤本さんのような、言葉で方向性を明確にする存在は大きいと思います。私はほとんどのプロジェクトで、施主と直接やり取りをして空間をデザインしています。その中で感じるのは、施主サイドが大きな組織であるほど、完成形のイメージが曖昧になりがちです。反対に、ワンマンで判断できる施主であるほど具体的なイメージを持っていて、またデザイナーも一人であれば、そのデザイナーの“色”が空間にも表れます。今回のように、すでに確立されたホテルブランドで、関わる多くの人が納得し、同じ方向に向かっていくためのデザインを構築するためには、デザイナーも含めて皆が分かりやすくテーマを共有することが重要だと感じました。
藤本:日本の商業施設づくりでは、このディレクター的な役割もデザイナーが担うことが多いと思います。しかし、ホテルのように特殊なオペレーションや多様な空間デザインの知見が求められるケースでは、一人でそれらをすべてカバーするのは負担が大きい。今回は、私がデザインチームのキャスティングや、関係者の方向性や情報の共有に努めたことで、座間さんをはじめとする各分野の専門家が存分に力を発揮してくださり、プロジェクトを円滑に進めることができたと感じています。
座間:デザインをカタチにしていく上でも、施主のイメージをチームで具体化していく、双方向のコミュニケーションがポイントだったと思います。二つの脳で思考していくような感覚も持ちながら、デザインに集中してプロジェクトに携わることができました。
藤本:商業空間づくりにおいて、デザイナーに求められる能力は多様化していますが、魅力ある空間をつくるためには、デザイナーは時に詩人やアーティストになるべきだと思います。施主が求めるものをカタチにし、また、計画に携わる才能を存分に発揮させて、施設の価値を最大化していく上で、ディレクションの役割が重要であることを改めて認識したプロジェクトでした。
(敬称略)
藤本信行/VACANCES Inc.
バカンス株式会社一級建築士事務所主宰。株式会社ヴィンセント(宿泊・飲食運営会社)代表。東京理科大学工学部建築学科卒業、同大学院修了。英国立シェフィールド大学大学院修了(都市計画)。UG都市建築、都市デザインシステム(現UDS)を経て、2016年に独立。バカンス株式会社では都市・建築設計から空間ブランディング、内装・家具設計まで手掛ける。株式会社ヴィンセントは京都にて自ら企画・デザインしたカフェ/ホテルMALDA Kyotoを経営。近年の主な仕事に、JPタワー大阪オフィスサポートフロア、TOTOPA都立明治公園店、神田ポートビルなど。
座間 望/ZA DESIGN Inc.
ZA DESIGN Inc.主宰。武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業橋本夕紀夫デザインスタジオ入社にて国内外のホテル、店舗、結婚式場などを担当し、2018年 ZA DESIGN Inc.設立。富士マリオットホテル山中湖、ラフォーレ強羅 湯の棲 綾館、リビエラ逗子マリーナクラブラウンジなどホテルや旅館、マンションの共用部・専有部など幅広い空間のデザイン提案を行う。
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